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桜井市の象徴の箸墓(はしはか)古墳

史跡に暮らす人々
 ここ奈良県桜井市には古墳が数多くあります。宮内庁によって管理される古墳も数多くありますが、一方で古墳上に畑が造られているといった独特な保存法がとられている纒向(まきむく)石塚古墳もあります。この地域にとっては古墳は身近な存在です。生まれも育ちも桜井市のグリーン箸中の方々に幼少時代の遊び場でもあったホケノ山古墳を案内して頂きました。このようなエピソードからも古墳と地域の人々の距離の近さが伺えます。

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幼少時代の遊び場ホケノ山古墳

卑弥呼が眠る墓
 箸墓(はしはか)古墳は桜井市に位置し、全国で11番目に大きな全長約280mの前方後円墳墓です。 邪馬台国の女王「卑弥呼」が眠る墓ではないかと推測されています。3世紀中頃に築造されており、現在は宮内庁によって一切の立ち入りが禁止されています。江戸時代には立ち入りも可能であったために、その当時この地域一帯を統治していた織田信成によって盗掘の命令が出ていたとも言われています。また「日本書紀」には、昼は人が造り、夜は神が造ったとの伝説もあり、築造当時から神聖な場所として扱われていたことが分かります。

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箸墓古墳

歌碑と共に歩く
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「大坂に 継ぎ登れる 石群を 手逓しに越さば 越しかてむかも」
(大坂山に人々が並んで登って、沢山の石を手渡しして、渡して行けば渡せるだろうかなあ。)
日本書記 崇神天皇



sign-4.png「大和は 国のまほろば たたなづく 青垣山ごもれる 大和し 美し」
(大和は国の中で一番良いところである。幾重にもかさなりあった青い垣根のような山やまにかこまれた大和はほんとうにうるわしいところであります。) 倭建命が東国遠征からの帰途、伊勢国、能襃野に至った時、故郷大和の国を偲んで歌ったとされる。筆者 川端康成























































万葉歌碑めぐり
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万葉歌碑マップ
山辺の道に沿って建てられた歌碑を巡るコースもあります。