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東乗鞍古墳

農村に佇む東乗鞍古墳
 石棺が遺存している6世紀中頃の古墳時代後期の前方後円墳。天理観光農園から桜井に向かって下ると、すぐに姿を現す古墳群があります。6世紀中頃の古墳時代後期の前方後円墳で、石棺が遺存しています。田畑を抜けてけもの道沿いに竹藪をかき分けて進むと入り口があり、石室に立ち入ることもできます。入り口は狭く滑りやすいため注意が必要ですが、石室は夏でも涼しく、その冷厳さに歴史の重みが感じられます。

 東乗鞍古墳

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夜都伎神社(辻さん撮影)

古くから町を見守る夜都伎神社
 乙木町に座する神社。全国の神社総覧として927年に編纂された『延喜式神名帳』にもその名を残している由緒正しき古社です。春日大社とも縁があり、昔は60年に一度鳥居を下賜されていたといわれます。夜都伎(よとぎ)、夜登岐など名称は多数の漢字表記がありますが、正式には夜都岐ではないかと言われています。社名の由来として、夜に氏子の家を神様が訪れお守り下さるという言い伝えが地元に残っています。地元の辻さんが子どもの頃に遊びで蹴り上げた石が今でも鳥居の上に残っているなど、地元の歴史が深く刻まれた神社です。

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一の鳥居。春日大社から下賜されたと伝わる一の鳥居

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古き懐かしき乙木町の家並み
乙木町周辺は、懐かしく景色のよい家並みが続いています。

煙返し
 50年ほど前まで、煙突の代わりとして竃(かまど)の上に作られていました。地元では、竃のことをへっついさん、お不動さんと呼んでいます。

城積みの石垣
 裾広がりの美しい曲線を描く城詰積みの石垣。この辺りは城積の石垣が多くあります。

消防ポンプ
 50年ほど前まで用いられていた消防設備。ホースがなかった時代は、溜め池の水を抜き川に流し、火事になった近くの川を塞き止めて使用することで類焼を防いでいました。昔はどこ家でも台所に「火の用心」と大書した紙を貼って火災には用心していました。

泥小屋
 現在では多くが廃屋と化してしまっていますが、山の辺の道にはそこかしこに泥小屋が点在しています。土壁は湿度や温度を一定に保ちやすいため、かつては農業や蚕業のために用いられていました。今は現存していませんが、乙木町には10mもの高さの煙草を乾燥させるための泥小屋がありました。(写真は穴師の泥小屋)


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耕作放棄畑を花溢れる休憩所に
 乙木町では耕作放棄地を花畑として活用することで景観を守っています。夏はひまわり、秋にはコスモスが目を楽しませます。春に菜の花やレンゲを咲かせることも計画されていて、将来的は桜や紫陽花(あじさい)などの木々も含めて、一年中花を咲かせ楽しみたいとのこと。地元の写真家の辻康則さんは、新しく花畑の中に無料の休憩所「おとぎ展望処」を設けて、山の辺の道を歩く人が気軽に立ち寄り休憩できるようにと心を砕いています。休憩所周辺はやや高台にあるため山の辺の道の中でも見晴らしが良く、晴れている時には生駒山から金剛山まで臨むことが出来ます。そのため「おとぎ展望処」と名付けられています。

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おとぎ展望処からの風景

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11月中旬から下旬に掛けて色とりどりのコスモスが咲き乱れます。

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乙木町を案内頂いた写真家の辻康則さん
































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夜都伎神社(辻さん撮影)[クリックすると大きな画像をご覧になれます。]

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2015年、30年振りに拝殿の屋根のふき替えが行われた。茅葺屋根の拝殿は、奈良では珍しい。
























































































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コスモスの種まきのために、トラクターで田を耕す辻さん